再生医療コラム「手術が難しい」と言われた膵臓がんの治療選択肢 ― 抗がん剤治療と免疫療法を併用した新規治療法の最新知見 ―

がん治療

「手術が難しい」と言われた膵臓がんの治療選択肢
東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科
大阪大学大学院医学系研究科 癌ワクチン療法学寄附講座
小井戸 薫雄(こいど しげお)先生

※所属・肩書はコラム執筆当時(2026年5月時点)のものです

膵臓がんと診断され、「手術が難しい状態です」と告げられたとき、患者様もご家族も、大きな不安を感じることと思います。しかし「手術ができない=治療がない」では決してありません。抗がん剤治療を中心にいくつかの選択肢がありますし、治療の経過によっては外科的切除の可能性を再評価できるケースもあります。

このコラムでは、膵臓がん治療の全体像と私たちの研究グループの最新知見について解説します。

膵臓がんで「手術が難しい」と判断される場合とは

膵臓はお腹の奥深くに位置し、周囲に太い血管が複雑に絡み合っています。腫瘍が周辺の重要な血管に及んでいる場合、安全に切除することが難しいと判断されます。こうした状態を医学的には「切除不能膵管腺癌」と呼びます。

切除不能とされる主な状況は、腫瘍が周囲の血管に接しているものの他の臓器への転移はない「局所進行(ステージ3相当)」と、肝臓・肺・腹膜などへの転移や術後の再発がある「転移・再発がある状態(ステージ4相当)」に大きく分けられます。なお、がんが重要な血管の近くにある「境界切除可能」と呼ばれる状態の場合は、術前の抗がん剤治療を経てから手術を検討することがあります。
「切除不能」という言葉は非常に重く響くかもしれませんが、これはあくまで現時点での評価です。治療の経過によって状況が変わる可能性もあります。

手術が難しい場合、治療の中心となる抗がん剤治療

手術が難しい場合、治療の中心となる抗がん剤治療の画像

手術が難しい膵臓がんに対して、治療の主軸となるのが「抗がん剤治療(化学療法)」です。腫瘍の増大を抑えながら症状を和らげることが主な目的ですが、治療への反応が良好な場合には腫瘍が縮小し、次の治療の選択肢につながることも期待されます。「手術ができないからと抗がん剤で粘るしかない」という受け身のイメージではなく、次のステップを見据えた積極的な治療として位置づけていただけると思います。

現在よく用いられる標準的な抗がん剤の組み合わせとしては、ナブパクリタキセル +ゲムシタビン(Nab-P/GEM)や、フォルフィリノックス(FOLFIRINOX)などがあります。どちらが適しているかは、患者様の状態をもとに担当医が判断します。治療中は吐き気や白血球の減少などの副作用が出ることがありますが、副作用の程度には個人差があります。症状が強い場合は薬の量を調整したり、副作用を和らげるための治療を組み合わせながら継続できるよう、担当医と相談してください。

治療経過によっては、手術の可能性を再評価できる場合がある

抗がん剤治療を続けるなかで腫瘍が縮小し、当初は手術が難しいとされていた状態から、外科的切除ができるようになるケースがあります。これを「転換手術(コンバージョン手術)」と呼びます。
転換手術はすべての患者様で実現できるものではなく、腫瘍と周囲血管の関係の変化・患者様の全身状態など、複数の条件を外科医が総合的に判断します。腫瘍が縮小していても血管への浸潤が残っていれば適応とならない場合もあり、切除後に顕微鏡的な腫瘍の取り残しが生じる場合もあります。治療中は定期的なCT・PET検査で腫瘍の状態を評価しながら、担当医と継続的に話し合うことが大切です。

膵臓がん治療で研究が進む免疫療法の考え方

近年、免疫の力を治療に活かす「がん免疫療法」の研究が進んでいます。膵臓がんはこれまで免疫療法が効きにくいがんとして知られてきましたが、その理由のひとつは腫瘍の周囲に形成される「腫瘍微小環境」にあります。この環境には免疫の働きを抑える細胞や物質が集まりやすく、本来がんと戦うはずの免疫が力を発揮しにくい状態になっています。

私たちはこの抑制された環境を変えることに着目し、「樹状細胞ワクチン」を用いたアプローチを研究してきました。樹状細胞は免疫細胞にがんの情報を教え込む司令官のような細胞です。この細胞にWT1というがんに関連するタンパク質の情報を覚えさせて体に戻すことで、免疫細胞ががん細胞を認識し攻撃しやすい状態を作ることを目指しています。すなわち、免疫療法を化学療法と組み合わせることで、腫瘍微小環境をより活性化された状態へと変えることが期待されます。

ただし、現時点では研究・臨床試験の段階であり、標準的な抗がん剤治療に代わるものではありません。

WT1樹状細胞ワクチンと化学療法が腫瘍微小環境を変えるしくみ

WT1樹状細胞ワクチンと化学療法が腫瘍微小環境を変えるしくみの画像

新しく開発されたWT1ヘルパーペプチド(Neo-WT1)については、次回のコラムでご紹介します。

WT1樹状細胞ワクチンと化学療法の併用研究で報告されたこと

東京慈恵会医科大学・東京ミッドタウン先端医療研究所らが参加した多施設共同研究として、切除不能膵臓がん患者様10名を対象に第I相臨床試験を実施し、2024年10月8日に Journal for ImmunoTherapy of Cancer 誌オンライン版に研究結果が掲載されました。

先端医療研究所内にある無菌状態を厳格に管理した専用の細胞培養加工施設で作製したWT1樹状細胞ワクチンを、標準的な抗がん剤と組み合わせて投与する化学免疫療法です。まず抗がん剤治療を1サイクル実施したうえで、その後は抗がん剤とワクチンを併用し、最大15回接種する形で進めました。
すべての患者様が15回のワクチン接種を完了し、ワクチン特有の重篤な有害事象は認められませんでした。腫瘍への反応については、奏効率(腫瘍縮小が確認された割合)70.0%、病勢制御率(腫瘍の縮小または安定が確認された割合)100%でした。また10名中7名が手術可能となり、そのうち4名は長期間の生存が認められました。
切除した腫瘍を解析したところ、こうした患者様の腫瘍周囲にはがん細胞を攻撃するT細胞が豊富に浸潤しており、腫瘍微小環境における免疫が活性化された状態に変化した可能性が示唆されました。
これらは安全性確認を主目的とした第I相試験(10名対象)の結果です。すべての患者様に同様の効果が期待できるものではなく、今後より大規模な研究での検証が必要な段階です。

治療効果を見極めるための研究も進んでいる

同じ患者様データをさらに詳しく解析した研究が、2025年7月にJournal for ImmunoTherapy of Cancer 誌オンライン版に掲載されました。「どのような患者様がこの化学免疫療法によって、より良い経過を得やすいか」を探ることが目的です。がん治療において、治療効果を事前に予測・評価するための指標を「バイオマーカー」と呼びます。患者様ごとに治療への反応が異なる以上、より適切な患者様に適切な治療を届けるために、バイオマーカーの探索は重要な研究課題です。

治療前のWT1に対する特定の抗体の値が高かった局所進行の患者様では、経過が良好であった傾向が観察されました。また、血液中に微量に存在するがん由来のDNAに特定の遺伝子変異が治療前に検出されなかった患者様は、検出された患者様と比較して有意に良好な経過が報告されています。さらに、経過の良かった患者様では治療後に免疫の記憶を長く保つ細胞である「中枢性記憶T細胞」が増加していたことも確認できました。
いずれも少数例の探索的な分析であり、現時点では日常診療の指標として確立されたものではありませんが、こうした研究の積み重ねが、将来的により個別化された治療の実現につながると考え、研究を続けています。

今の状態に合った治療選択肢を整理することが大切

今の状態に合った治療選択肢を整理することが大切の画像

膵臓がんの治療は、病状や体の状態によってお一人おひとり異なります。標準治療を前提に、経過を見ながら選択肢を段階的に整理していくことが大切です。「手術が難しい」という状況でも、担当医との対話を続けながら、治療の可能性を一緒に見ていきましょう。
説明に不安を感じるときや、別の医師の意見も聞いてみたいときは、セカンドオピニオンの活用もおすすめします。複数の専門家の視点を参考にしながら治療方針を決めることは、患者様ご自身にとっても大切な選択のプロセスです。
私たちの研究は、標準治療を土台としながら治療の可能性を広げることを目指すものです。今後より大規模な研究を積み重ねながら、一人でも多くの患者様に届けられる選択肢へとつなげていきたいと考えています。

小井戸先生からのメッセージ

治療のゴールが見えないまま抗がん剤を続けるのは、とてもつらいことと思います。 完治を目指した手術を目標に化学免疫療法を行い、手術後も併用療法を継続することで、膵臓がんの長期生存につなげていく——そのような治療の開発が重要だと考えています。

取材にご協力いただいたドクター

小井戸 薫雄(こいど しげお)医師

小井戸 薫雄(こいど しげお)医師

東京慈恵会医科大学附属柏病院 消化器・肝臓内科
大阪大学大学院医学系研究科 癌ワクチン療法学寄附講座(令和6年5月から)
記載されている所属・肩書は、2026年05月時点のものです。